20120629
 








たくさんの思い出を 忘れてしまっていることが発覚。


人から その当時の自分の行動や発言を聞いて まるで他人の話を聞いているよう。
なんで私はそんなこと言ったの??って逆に質問して回答もらってみたり。
自分なのに自分じゃない ぞっとする感覚。
記憶喪失って きっとこんな感じに違いない。



忘れる ってなかったことになるみたいで なんだか悲しい。
わたしよりも そのエピソードを共有したお友達のほうが もっと悲しい。
よく人から んもうって 肩を落とされてしまう。
大切じゃないからって忘れた訳じゃ 断じてないんだけど 結果そう捉えられてしまうわね。



自己分析したところ 聴覚の記憶、特に数字とカタカナに滅法弱いらしい。
ただし、視覚の記憶はすこぶるいいと思う。言葉のない動きのない静止画の記憶。
一度歩いた通りとか 目に染み渡る朝焼けとか 
これまで撮影した1カット,1カット, いつ撮影してどのベタに入っているか全て記憶しているもん
って鼻息荒く友人に話したら、失笑されてしまった。



忘れるって悲しみの意味しかないかな、そんなことないよな。
もう少し"忘却"について考察してみよう。



っていう話も忘れちゃうかもしれないから 今日ここに記しておきます。
















忘れ物はなんですか | 14:07 | - | Felling
20120615
 









なんだろう、淋しさよりももっと深い 悲しみみたいなもの
半目をつぶって はち切れてしまいそうな危なっかしいものから目を背けながら
何かから切り離されまいと 必死に身を寄せあって 大きな声で笑い続ける長く黒く甘い夜のあと
オレンジ色の朝日は、泣きたいくらい容赦なく優しい光で
水分のなくなったカサカサの皮膚を そおっとなでるのでした。





⌘ ⌘ ⌘





映像が浮かび始めました。
上海という街を やっと写真にできそうな気がしています。
自分の中をいったん通したドキュメンタリーにしたい。












待ちながら | 14:27 | - | Felling
20120613











あああー 日本へ大好きなお芝居や舞台を見に行きたい。
ナイロン、コンドルズ、チェルフィッチュ、阿佐ヶ谷スパイダース..。
どんどん芝居に引きずり込まれて どっちが現実なのかわからなくなって
終演後 けだるい疲労感と共に朦朧と歩く駅までの夜道のなんともいえない心地よさよ。


表現する人間の体温や熱エネルギーを直に感じられる 舞台という空間の独特の空気。
自分の想像を超えた非現実世界にとことん飲みこまれたい願望が 急速に膨らんでいます。

あああああーーー! (発狂寸前)


というわけでこの発作を押さえるべく、
ナイロンのDVDをポチッと注文することにしました。










6月の夜の発作 | 15:21 | - | Felling
20120423
 








女は、やっぱり、駄目なものなのね。
女のうちでも、私という女ひとりが、駄目なのかもしれませんけれども、
(『千代女』太宰治 )



ここ2週間ほど やたらに"太宰治"というワードが 目や耳に飛び込んできます。
なぜかしら なぜなのかしら。きらきらと春めく昼下がり とは裏腹に 少しの憂鬱が
私をもわっと取り巻きます。それは昨晩 中国の安いワインのサングリアを飲み過ぎて
酷い頭痛に襲われたからなのですが。こんな日は お洗濯ものまわしながら読書だわ と
約8年ぶりに 太宰治『女生徒』(角川文庫) を開いてみました。

初めて読んだのは18歳のとき。
太宰はなんでこんなに女の子の気持ちがわかるの! と驚き感嘆し、
ひとりの少女や、人妻に、感情移入し 自分の心と重ねあわせては
涙したり、溜め息をついたり、生きる活力をもらったりしていました。


時に うじうじと悲しみに翻弄され、自信がない故に心が狭く 輝くものに嫉妬して
自分の空っぽさを拗ねてみたり。かと思えば 
驚くほど自信に満ち満ちて 人生ってなんてスバラシイの!と 生きる喜びではち切れそうな胸を抱え
路上で踊り歌い 行き交う人々すべてを抱きしめてキスしたい程 愉快になったり。


しかも、大きく揺れる感情の全てが 表情や態度にありありと滲み出てしまう。
そんな生き方は 決して賢くありません。褒められたものではありません。
時に人を振り回し 時に人を遠ざけ 時に人を傷つけますから。
手に負えない駄目なところを変えたいけど変えられない、受け入れたいけど受け入れられない、
そこに、自分は何者にもなっていないという焦りが加わって、
当時のわたしは太宰の陰な部分に ひたすら共感していたのです。



15年経っても 人間って変わらないものですね。
登場人物に いまもなお容易に自分を重ねられました。

そのなかで、ひとつ変化したところもありました。
それはですね、 "やっぱり、駄目なものなのね” とか
"生まれてきて すみません"なんていつまでも言ってられないのよー ということです。
これが自分なんですから。年齢を重ねるごとにずうずうしく開き直りますね、人間は。

まあ、でも、程度ってもんがありますから、気をつけないといけませんけど。
人に迷惑をかけながら、人の迷惑を請け負いながら 生きていくのがいいですね。
人を傷つけることだけは、やはり避けつつね。



愚かな人間ほど愛おしい。
じたばたみっともなく、いつだって真正面から体当たりして
傷ついても転んでも、それでも精一杯生きている人間が、わたしは好きです。











やっぱり、駄目なものなのね | 16:03 | - | Felling
20120320
 







東京にいます

仕事したり 親友とひたすらお喋りしたり 大好きな神二ふらついたり 
家族に会いにいったり 妹の家で"くだらないの中に"聞いてうっとりしたり 本屋に入り浸ったり
H&M×マルニのコラボ買いに新宿へ出かけてみたらとっくに完売してたり
愛すべき 平凡な日々





髪の毛のにおいを嗅ぎあって くさいなって 

首すじのにおいがパンのよう

 




くだらないの中に | 12:09 | - | Felling
20120313
 






先日 今治にいる義祖母と電話した時のこと

” 上海でも素敵なお洋服買えるん? いつもお洒落をめいっぱいして
キレイでいて 旦那さんにときめいて 美しくいるんよ "

彼女はいま80歳半ば
本当に可愛らしくて 大好きな 女性のひとりです
  



⌘ ⌘ ⌘




久しぶりに ”美しい人” を見た
ロドリゴ・ガルシア監督の2005年の映画

彼を知りファンになるきっかけとなった ”彼女を見ればわかること"は 
いまでも大好きな映画トップ5に入る作品で
当時BUNKAMURAシアターへ土曜の昼間に一人で見に行ったのを覚えている
クレメンテの絵が描かれたチラシも とてもよかった

映画を見終わった後も 外はまだ明るい 
出口へ向かう途中 日が差し込む扉を後ろにやってくる 背の高い影が私に話しかけてきた
逆光で誰なのかわからない その影の横に立ってみると
大学のゼミの恩師 横須賀先生だった

卒業して確か1年くらいだっただろうか
これが先生の顔をみた最後の日
その後電話で話すことはあったけれど

あの時の光景と匂いと人々の足音を いまでも鮮明に覚えているし 一生覚えていたいと思う
 


 


⌘ ⌘ ⌘





美しい人といえば 近年ぐんと大人の女性の魅力が増した Corinne Bailey Rae
短い髪に乙女なワンピースのキュートな彼女も好きだったけど
現在の彼女は とにかく美しいと思った  
悲しみの果てまで知り尽くし そこを乗り越えた人間の魅力かしら
彼女も 大好きな女性のひとり















美しい人 | 00:01 | - | Felling
20120207
 




最近へビロテ中のLily Allen
http://youtu.be/0WxDrVUrSvI

少し懐かしいメロディーも 泣き寝入りしない強気な歌詞も好き。彼の裏切りのあと
悲しみの底から這い上がり 吹っ切っれた女子ほど 冷酷で強い存在はいないのではないかしら

いつだって女の子は逞しい





smile | 12:34 | - | Felling
20120205
 






念願のリオデジャネイロ&ブエノスアイレス旅行。往復60時間。
旅立つ前の大きな興奮を遥かに凌ぐ素晴らしい時間を過ごしてきました。
ビーチが最高なのはもちろんだけど、リオの人々の笑顔が 何よりもよかった。


帰国後は 日本のある雑誌の取材で上海南駅の長距離バスターミナルに連日通っています。
今日出会った貴州の女性は 26時間かけて上海へ来たのだとか。
移動中の楽しみは 知らない土地の人々とのお喋り、情報交換と話してくれました。

そして今週  川勝政幸さんの突然の訃報を知りました。
お仕事で 何度かご一緒させていただいたことがあるのですが、いい毒をもってらっしゃる
というか 本当に人間的魅力に溢れた素敵なかたでした。こんなことってあるですね...。
心からご冥福をお祈りいたします。



"人との出会いが旅だから 借金してでも行きたいな"
とは かの有名な『Get Up And Dance』by SDP の一節
今回 旅でも日常の中でも 強く強く実感することになりました。



川勝さん、南米で連絡先を交換した彼や彼女、笑顔で接してくれた名も知らぬ人々
みなさんと出会えたことを とても嬉しく思います。


人との出会いとさよならが 旅であり人生なのだ。






帰国、そして取材 | 07:53 | - | Felling
20120112





日本帰国の際に ちらっと寄った紀伊国屋で Spectator 購入。
どうしても 読まなければいけない気がして 荷物も重かったのだけど 購入。


上海に戻ってきた日、再び風邪が悪化し とうとう発熱。何も食べず20時間眠り続けた後、
強制的に ゆっくりしなければいけない時間ができて 久しぶりにゆっくり読書できました。



全体のテーマは"これからの日本について語ろう"
菅原文太さん、高城剛さん、大野更紗さんなどのインタビューが掲載されています。
その中ので、からだだけでなく こころを含めた全人的な診療を行なう統合医療に
従事されていらっしゃる医師 原田美佳子さんのインタビューを読みました。

⌘ ⌘ ⌘

本来の自分の感覚の「自然」を取り戻し、そこを強く蘇らせる。
"今の時代の多くの人はその感性が壊れてる"それをもう一度取り戻さなければいけない"と言います。
"うつの患者さんや 社会の中でうまくいってなくて悩んでいる人たちは、感受性がとても高い。みなもっと
鈍感に生きたいって言うんだけど、それが悪いなんて全然思わない。その敏感さは他の人が手に入れようと
しても手に入らないものなのかもしれないよ。" 
現在の日本では"感情をコントロールしていつも穏やかな"人が、"できた人""いい人"と言われることが多いけれども、人間というものは"情動の動き"いわゆる喜怒哀楽の感情をちゃんと使わないと、少なくとも気づいていないとこころの健康は保てない。"

"答えがでないときはそのまま置いておくのが一つの方法"そしていつもあたまの片隅において、
"自分自身で葛藤して 自分自身のプロセスをしっかり踏んでいけば 何らかの形で必ず次の段階
にたどり着く。人に何を言われようと、他人にどう思われようと、決められるのは自分だけ"
"からだも メンタルも 自分で治すしかない、治せるのは自分だけ"


⌘ ⌘ ⌘




とても当たり前のことかもしれない、けれどそれが当たり前にできない人もいる。できない時もある。
"与えられたプロセスに自分を当てはめて生きる"のではなく、一人一人が自分自身のプロセスを生きること。
自分のことだけに留まらず もっと広い範囲で 原田医師の言葉は 大きなヒントを与えてくれました。
そしてそれは 次の扉を開ける鍵になるのではないかなと思っています。




⌘ ⌘ ⌘



いつか一緒にロシアに行こうね








Spectator | 17:34 | - | Felling
20120108
 






あけましておめでとうございます!
新年快樂!
A Happy New Year!




2011年は 震災に始まり とにかく一生忘れられない一年です。
個人的なことででいうと 昨年は はじめましてばかりの年で
はじめましての国、街、家、暮らし、言葉、知り合う人々....
新しいことが一気にスタートして その地盤固めにとにかく必死でした。


そんななか 新しいお友達との出会いが 何よりも嬉しかったです。
日本を離れこの国で 縁があって 知り合った人々。
今年もこのご縁を大切にしていきたいと思います。

そして、いつも変わらず 私を思ってくれている日本の家族、友人達、
海の向こうからいつも 支えてくれてどうもありがとう。



今年もまた このブログで引き続き 散文を綴っていきたいと思っています。
今年はどんな年になるかしら...わたしには明るい光が見えています。



みなさまの2012年が ますます素晴らしい一年になりますように
地球も人々の心も 穏やかにそして健やかで ありますように










A Happy new year | 10:25 | - | Felling
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skin / uterus